なべはるの人事徒然

フィードフォース人事の中の人。採用、教育、評価制度、組織活性など、日々考えていることを綴ります。現在人事で働いている方、人事の仕事に興味のある方、就職活動中の学生などに読んでいただけたら幸いです。

ユルくて深いキャリア相談『好きなようにしてください』読書レビュー

一橋大学の教授で競争戦略論を専門にしている楠木 健先生の『好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則』を読んだ読書レビューです。

著者 楠木 健先生のプロフィール

1964年生まれ。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。
30代からH&D(ハゲ&デブ)の連続的な攻撃に悩まされた結果、「ハゲじゃなくてスキンヘッド」「デブじゃなくてがっちりした人」という対策を講じることで乗り切る(詳しくは『経営センスの論理 (新潮新書) 』を参照のこと)

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(プレンジテントオンライン より)

話があけすけかつユーモアたっぷりで面白く、私もサイン入りの著書を持っています。

「企業にとって最も重要なのは株主か従業員か利益か?」を説明する比喩として「金と地位と女、どれか1つ得られるとしたらどれから得ますか?金があれば地位も女もついてくる、地位があれば金も女もついてくる。つまりどれからでもいいのです。ただ、女を先に求めるとロクなことがない」と言っちゃう人です。

代表作は『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) 』。アスクルやガリバーインターナショナル、スタバの戦略が何故優れているのかを、ストーリーという概念で解説。戦略論の知識がなくても読める良書です。大学時代にこの本に出会いたかった。

 私のブログでは、1年前にLIXILの八木洋介さんと楠木先生の対談をレポートしています。 

nabeharu.hatenablog.com 

News Picks×楠木先生のお悩み相談連載が書籍化

今回紹介する『好きなようにしてください』は、ニュースキュレーションアプリのNews Picksの相談コーナーが書籍化されたものです。News Picksと楠木先生という絶妙にマッチしない組み合わせをアレンジした方に乾杯です。

<相談内容の一例>

  • 大企業とスタートアップで迷っています
  • 今すぐ起業すべきか、それとも1年間修業してからにすべきでしょうか? 
  • 上司にやる気がないので、転職しようと思うのですが
  • 東大とスタンフォード大学、どちらに行くべきでしょうか?
  • 30代でいまだに仕事の適性が分かりません etc...

 News Picksの企画だけあって仕事やキャリアの相談が多いですね。こういった相談にひたすら楠木先生節で答えていく。ただそれだけの本なのですが、それがやたらと面白い、楠木先生ワールドにハマりそうです。

相談に対する回答は(ほぼ)すべて「好きなようにしてください」

「大企業とスタートアップで迷っています」に代表されるような答えのない悩みにひたすら答える本書ですが、回答のほとんどすべて(50の相談のうち40以上)が「好きなようにしてください」です。

途中、あまりに「ベンチャーか大企業か」系の相談ばかりで「好きなようにしてください」の言い方のバリエーションが豊富になっていくくらいです。私の一番好きな「好きなようにしてください」が下記。

相談:大学生ですがスタートアップ企業でのアルバイトにハマりました。大学を中退したほうがいいでしょうか(実際の相談はもう少し長いです)

回答:僕のいつもの決めぜりふをよどみなく引き出しまくりやがるためにあるような、ジャストミートなご質問。ナイスですね。ナイスすぎるといっても過言ではありません。それでは大変長らくお待たせしました。北は北海道から南は九州・沖縄までの日本全国津々浦々、100万人の「ベンチャーに行くべきか」でお悩みのあなたに結論です(せーの、でご唱和をお願いします)。
好きなようにしてください。

もちろん、本当に「好きなようにしてください」の回答だけでは連載にも本にもなりませんから、短い相談文から楠木先生が相談者の状況をあれこれ推察して、関連ある持論に余談、たまーに具体的アドバイスが展開されます。
上記のスタートアップ企業のアルバイトにハマっている学生への回答にも実は続きがあって、「好きなようにしてください」というお決まりの結論の後にトレードオフの本質についての余談が始まり、余談の先の余談である分身の術と不老不死についての見解(?)が披露され、人生で本当に憂うべきはマクロでは戦争、ミクロでは疾病のみという持論が繰り広げられ、最後には「中退ではなく1年休学ではどうでしょう」という割と現実的な代案が提示されます。

この持論と余談、脱線のリズムがやたらと心地よく、知らない人の人生の相談という割とどうでもいい話題にも関わらず、小説のようにすいすいと読めるのが本書の特徴です。

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このように、「好きなようにしてください」と回答しながら楠木先生の主張や趣味、人生観や仕事観が垣間見える本書。その中でも特に気に入っているのが下記の2つです。

仕事の価値は顧客が決める

「まずは相手を儲けさせる。それで初めて自分が儲かるのが商売の基本」というフレーズが本書には何度も出てきます。どんなに努力をしようが、時間をかけようが、相手にとって価値とならないものは何の意味もない。そういった類のものは趣味と自己満足である、と。

言葉にしてみるとごくごく当たり前のことなのですが、仕事やキャリアで悩んでいる相談者に対する楠木先生の回答から、仕事の本質を思い出させてくれます。

環境で人生は左右されない

ベンチャーなのか大企業なのか、東大なのかハーバードなのか、日本なのかインドなのか、どちらのほうが自分の人生にとって得なのか・損なのかに悩む相談者に対して楠木先生は、「大事なのは環境よりもそこで自分自身がどんな行動をとるかだ」と、環境よりも行動のほうが大事としています。

ハーバード大学に行けば自動的に優秀になれるわけではなく、ハーバード大学で努力するから優秀になれるわけです。もちろん、結果的に見てどちらのほうが自分に向いていたかどうかはあるかもしれませんが、結局のところやってみる前に完全な正解は分からない。そうであれば、正解がどちらかと思い悩むよりも、その時の感覚に従ってえいやっと決断してしまえばいい。結果的に選んだ選択肢がどうも違うようであればそこからやり直せばいい。まさに、「好きなようにしてください」という言葉に凝縮された楠木先生なりの価値観です。

私的にこの考えがすんなりと受け入れられるのは、「選んだ選択肢を絶対に正解にしてやる!」という暑苦しい思想ではなく、「違ったら違ったでまた他の道に行けばいいじゃない」という楠木先生独特のユルさが根底にあったうえでの「好きなようにしてください」だからかと思います。
(選んだ選択肢を絶対に正解にしてやる、という考えも好きですけどね)

 

仕事やキャリアに悩んでいる方、NewsPicksのコメント欄の意識高い感じが苦手な方は、ぜひ息抜きに読んでみることをオススメします。