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なべはるの人事徒然

フィードフォース人事の中の人。採用、教育、評価制度、組織活性など、日々考えていることを綴ります。現在人事で働いている方、人事の仕事に興味のある方、就職活動中の学生などに読んでいただけたら幸いです。

ケネディが最も尊敬する日本人『上杉鷹山』読書レビュー

久しぶりに読書レビューです。今回の本はコチラ。

『小説 上杉鷹山』童門冬二 著
文庫で684ページとかなり長いですが、時代モノの割りにスイスイ読めるので是非読んでいただきたい名作です。 

ケネディが最も尊敬する日本の政治家 上杉鷹山

1961年、35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディが日本人記者団からの「日本で最も尊敬する政治家は誰ですか?」という質問に対して「上杉鷹山です」と答えたらしいです。
残念ながら記者団の中に上杉鷹山を知っている人はおらず、皆ぽかんとしてしまったとのこと。

今日は、そんな上杉鷹山の魅力をご紹介します。

破綻していた米沢藩の財政を立て直した上杉鷹山

上杉家といえば戦国大名の上杉謙信が有名ですね。武田信玄のライバルとしてよく描かれます。
上杉鷹山は上杉謙信から数えて10代目の当主で、謙信と直接血のつながりのない、義理の子孫です。

鷹山が藩主就任前の上杉家は、関が原の合戦で石田光成に味方したために会津120万石から米沢30万石に減封され、その後藩主の急死もあって更に15万石に減らされています。
藩の収入が8分の1になったにも関わらず、元名門の見栄か誇りか、藩主を含む幹部達が120万石時代と変わらない経営を行ったためたちまち財政は火の車。苦し紛れに重税を課したことで人心は離れて…とまさに最悪の状況で17才の鷹山(当時の名は治憲)が藩主に就任するところから話しは始まります。

そこから鷹山はあの手この手で藩の財政を立て直す施策を打ち、領民の心を掴んで上杉家を再興させていくわけですが、その過程がとても面白いです。
300年も昔の話なのに何故こんなに人を惹きつけるのか。その見所をご紹介します。

f:id:nabeharu:20160131190317j:plain(鷹山公の像)

現代の経営にも通ずる課題が盛りだくさん

そうした課題だらけの上杉藩を改革すべく奮戦する鷹山ですが、改革を進めるうえでぶつかる様々な壁は現代の経営においても「あるある」と頷けるものばかり。改革を妨げる一部を紹介すると、

  • トップの命令を表向きは了承するも結局は実行しない、面従腹背の領民(現場社員)たち。
  • 改革の大枠は賛成するも、自分に関係のある箇所の変化だけは反対する、総論賛成・各論反対の幹部たち。
  • じわじわと状況を悪くした幹部たちは、「休まず・遅れず・仕事せず」。さぼっているわけではなく、さりとて物事を前に進めるわけでもない実行力のない人材と雰囲気。
  • 前例を気にして新しい取り組みが浸透しない、前例主義の風土。

などなど、現代の組織経営でもありがちな壁がたくさん登場します。
特に鷹山は上杉家には養子としてもらわれてきており血のつながりはなく、かつ藩主就任時は17才の若輩だったため、周りからはナメられまくりという逆風の中改革をスタートさせます。

改革すべきは人の心・トップが範を示す

そういった課題だらけの藩改革で様々な手を講じるわけですが、改革において最も重要なのは人の心だと一貫しているのがグっときます。
家臣1人1人、領民1人1人が本気で改革のための行動を起さないと、いかに優れた再建案も絵に描いた餅だと分かっているのです。

特に象徴的なのは、徹底して上の者が範を示すこと。

倹約のための「日常の食事は一汁一菜」「衣服は木綿」という方針も、農業改革のための「桑の栽培の推奨」も鷹山自ら実践してみせ、更には自身の生活費を従来の7分の1に減らすことまでしています。
ここまで徹底して範を示すことで、当初は「木綿の服を着るといってもそれはポーズで、屋敷に帰れば豪華な生活をしているに決まってる」と陰口を言われていた鷹山が徐々に領民の信頼を得ていき、領民の心に改革の火が徐々に灯ることが改革の原動力となっていきます。

風通しがめちゃくちゃ良い

鷹山が気を許している側近に佐藤文四郎という人物がいます。文四郎はとにかく愚直で誠実。鷹山の進める改革のためには何でもする覚悟の人物です。
そんな佐藤文四郎が、鷹山にマジギレするのが私の好きなシーンの1つです。

学校を開設するための準備を進めていた文四郎が、授業のために領内の「孝・節」の高い人材を徹夜で整理して鷹山に渡し、鷹山から先生に渡してもらうよう頼みます。しかし鷹山はうっかり名簿を渡すのを忘れてしまうのです。
そこで文四郎が数ページに渡って鷹山にマジギレするシーンが見もの。

「なにゆえ、あの名簿を細井先生にお見せになりませんでしたか」

「忘れたのだ。徹夜をしたおまえの努力をまったく無にした、すまぬ」

「私がおたずねしているのは、徹夜のことなんかではありません!お屋形さまはまったくおわかりになっていらっしゃらない」

(中略)

「文四郎、このとおりだ。許してくれ」

と、治憲はついに手をついた。

「お屋形さまが謝るのですか、ご主君が家臣に謝るのですか。それで、家臣が、よし、許すといえば、あなたさまはそれでご満足なのですか、そうですか、あなたはさまはその程度のご主君なのですか」

と、主君に対する文四郎のブチギレ具合がすごい。

このシーンで、鷹山も文四郎も改革に本気なこと、大事なのは改革が進むことであって、偉い人にただ従うことではないこと、それらのことを鷹山・文四郎の仲で共通認識があり、信頼関係を築けていること、などが伝わってきます。

鷹山の改革が成功した要因の1つには、賄賂やおべっかを言う重臣ではなく、耳に痛いことでもズケズケ言う家臣を重用したことにあります。

あの名言も上杉鷹山!

鷹山は名言・格言もたくさん生み出しています。

なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり

「やればできる!」と根性論的に使われることが多いですが、鷹山が本当に粘り強く改革を推し進めたことを知ってからこの言葉を聞くとまた違った受け取り方ができます。

してみせて 言って聞かせて させてみる

真偽は不明なのですが、これも鷹山が言ったとされています。
後に山本五十六が残した、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」の元の言葉となったようです。

 

上杉鷹山の魅力を想いのまま紹介しましたがいかがでしたでしょうか。
個人的にはNHKの大河ドラマになることを熱望しています。
ご興味があれば是非読んでみてください。